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NLD政権移行とミャンマー投資におけるリスク

ミャンマーでは新政権移行後も、進出リスクの大幅な軽減は短期には見込めない

 アウン・サン・スーチー氏率いるNLD政権移管への序章は、ゴミ拾いから始まった。

 2015年11月のミャンマー総選挙で、変革を訴えて圧勝した野党、国民民主連盟(NLD)は同年12月12、13の両日に、全国でごみ拾い運動を実施した。「身近なところから変革を始めよう」として党首アウン・サン・スー・チー氏も、13日に最大都市ヤンゴン郊外の自身の選挙区で参加した。大きな改革を成し遂げるためには、目の前の小さな現実の問題に一つ一つ対処していくしかないと諭しているかのようだ。

 ミャンマー総選挙での圧勝を受けて、アウン・サン・スー・チー氏は精力的に新政権移行に向けて動き出している。最大の懸案事項は、現政権及び与党の連邦団結発展党(USDP)や、その裏にある軍との協調関係の構築と、それに基づく平和裏な政権移管の実現だ。そのために、アウン・サン・スー・チー氏は12月2日に現政権のテイン・セイン大統領、ミン・アウン・フライン国軍総司令官と会談し、政権移行に向けた協力を取り付けた。この会談により、長年続いた軍主導の政権と民主化勢力との相互不信が薄れたことを国内外に強く印象付けた。

 また、12月4日には、旧軍事政権トップだったタン・シュエ氏と会談した。タン・シュエ氏は、長年にわたり軍事政権のトップに君臨。2011年の民政移管で引退したが、現政権や軍に隠然たる影響力を持っていた。加えて、軍政時代タン・シュエ氏はスー・チー氏を長期にわたって自宅軟禁し、民主化勢力に対する激しい弾圧を行うなど、両者は激しく対立してきた経緯もある。こうした因縁深い両者が、政権移行に向けて会談したことだけでも、その過去から考えると驚くべき変化だ。その会談で、タン・シュエ氏はスー・チー氏を「将来の指導者」と認め、NLD主導の新政権に協力すると約束したという。

 こうした一連のプロセスの中で、アウン・サン・スー・チー氏は過去の確執を超えて、軍を含む現政権側と和解の道を慎重に進めている。アウン・サン・スー・チー氏は12月5日、首都ネピドーで開かれた会合で、11月の総選挙でNLDから出馬して当選した当選者に対し、かつての政敵と協調していくよう訴えた。NLD党員を抑圧した者に対して手を握ることは、国民和解に向け必要な措置だと述べたという。こうした動きの背景には、過去の総選挙とその時の教訓も多分に影響している。1990年の総選挙でも、NLDは今回と同様に圧勝したが、旧軍事政権は選挙結果を認めず権限移譲を拒否。その後の長期にわたる軍政と民主化弾圧につながったからだ。

 現政権及び軍との協力関係を確認と並行して、政権移行に向けての実務的な体制整備を行っている。12月2日のティン・セイン大統領との会談で、政権発足に向けて対話の枠組みを設けることで合意し、早速フラ・トゥン大統領府相ら5人で構成される、大統領と内閣の政権移行を支援する委員会を立ち上げた。12月16日には、国民民主連盟(NLD)と現政府は首都ネピドーで初の委員会を開催し、政府の政権移行に関する職務についての協議を行った。

 また、内政安定のための重要事項である少数民族への対応も余念がない。アウン・サン・スー・チー氏は12月17日、首都ネピドーで、停戦協定に署名した八つの尐数民族武装勢力代表と会談し、次期政権は和平が達成されるまで、和平プロセスを進めていくと約束した。加えて、アウン・サン・スー・チー氏は、同国の独立記念日に当たる2016年1月4日にヤンゴンで演説し、同年春に発足する新政権が、少数民族武装勢力との和平を民主化などと並ぶ最優先課題とする方針を示した。

 このように、総選挙の圧勝後、その熱に浮かれることなく着実に政権移管のための地ならしに勤しむ姿を見ると、これからは今までミャンマーに付きまとってきた政治不安や民主化への懸念等が一掃され、新たな皆が待ち望む国になって行くように思えてくる。

 ただ、本当にそうだろうか。そう期待したい気持ちは多分にあるものの、現実世界はこれから始まる。今後国民民主連盟(NLD)が政権の座について動き出すと、選挙の熱が冷めるに従い多くの現実の問題と直面することになる。長年野党の立場だったNLDが、果たしでどの程度、現実の政治を切り盛りしていくことが出来るのか。今までの様に、与党に反対さえしていればよかった立場から、責任与党としての実務能力が問われる立場になる。

 特に、今後の経済成長の実現とその分配は、大きなテーマだ。2011年以降ティン・セイン大統領が推し進めてきた経済面での改革を引き継ぎ、安定した市場環境の整備と、それに伴う着実な経済成長、ひいてはその果実の国民への配分を実現することが出来るかが重要なポイントだ。ティン・セインは、この数年間絶妙なかじ取りで、国内保守派の反対を受けつつも外資の受け入れを進めつつ、規制緩和や投資環境の整備を進めてきた。こうした成果がようやく形として実を結びつつある状況でもあった。

 ところが、NLDをサポートしている国民の多くは、経済面の改革の果実が自分には十分届いていないと考えていた。日々、はびこる汚職や一部の利権者が肥え太る姿を見ていると、そう思うのも仕方ないとも思える。今後NLDは、彼らの支持者の期待のもとに、はびこる汚職への対応や、旧政権下で急拡大した財閥を筆頭とした既得権者と、どのように相対して富の分配を確保していくかが一つの焦点になる。ただ、政権と癒着した財閥は、富の偏在を生みつつも一方で経済拡大の担い手でもあった。富の再分配に力点を置きすぎて、財閥の力を削ぐことは、角を矯めて牛を殺す如く今後の経済成長にとってはマイナスにつながる。

 あれだけ選挙で熱狂した国民も、期待したNLDの政権が自らの期待に十分応えていないとなると、その熱も一気に冷めるかもしれない。そもそもNLDの選挙公約も、具体性に乏しく総花的な内容が多い。またそれをサポートする多くの国民も、政策の内容を吟味することなく舞い上がって「選挙祭り」を堪能してきたところもある。そうした実体のない期待感が充満している中、多くの現実の困難の中で、国民が期待する成果を上げていくことは決して簡単ではない。高い期待感はその反面大きな失望につながりかねず、将来的な揺り戻しが起こるリスクもあながち否定できない。